地球を楽園にする芸術家・増山麗奈のブログ

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画家・ジャーナリスト・映画監督の増山麗奈が社会×アートを取材発信します!

今年は原爆の記憶を追いかける夏です

江戸川区にある原爆犠牲者の追悼碑を巡る物語を絵本にしたいなと思い、関係者の方々にお話を聞いています。

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7/31江戸川区の被爆者の方々の団体 新江会平和コンサートに参加させていただきました。当日は志葉も出張だった為、子どもたちを連れて行きました。
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銀林美惠子親江会会長もご出席され、一緒に来られていた妹さんや娘さんにも当時のお話をお聞きする事が出来ました。


上段の左 更科元子さん (銀林さんの長女) と旦那さん
下の段は左 銀林さんの妹さんだそうです
●今24歳のお孫さんなごみさんは、ヒロシマに興味を持って、バスでヒロシマに行ってきた事があるそうです。よく追悼碑の前で銀林さんと一緒に写真を撮った事があるそうです。




滝野公園にあるアオヤギの木の物語の元となった被爆者の沼田鈴子さんが7月にお亡くなりになりました。
改めてこの絵本もしっかり作りたいと考えています。







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17歳の時,広島で被曝した銀林さんは、舞台で「ヒロシマの時よりも桁違いのセシウムが世界中に広がっている。原発はぜったいやめなければいけない。私たち被爆者が歩んできたつらい道をまた歩む人たちが増えてしまった。病気が出てくる前に政府に補償を求めなければならない。今の収入と、生活費をキチンとメモしておく事。これから差別や格差が広がる事が、許せない」
とおっしゃっていました。
娘さんの元子さんは「母の戦いは、差別と戦い、被曝手帳を手に入れる事から始まったから、その時の事を重ねているんだと思います」
とおっしゃっていました。

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この絵はコンサートに飾ってあった丸木夫妻の絵は追悼碑を追悼碑を作ったあと、1985年に、銀林さんが持っていった3枚の布に丸木位里 俊夫婦が描いてくれたもの。
銀林さんの宝物。いろいろな反核反原発デモに持っていった。
オリジナルが汚れては行けないと、今は泉福寺に保管している。
(この日は原画2枚だけ親江会の皆さん持参。あとの一枚の行方を追って調べたい)
実は追悼碑が、丸木夫妻が鳥と母子の絵を描いた最初。その構図のヒントは泉福寺の岡田弘隆(先代住職)さんが出したアイデアだそう。
なぜ岡田さんは鳥と母子の絵を描いてもらいたかったのか?
そこをこれから取材してみたい。

3枚ある布の一枚は当時アメリカで行われた大規模な女性非核団体による反原発のデモで飾られたそう。



石を作った田中石材店にも取材に行ってきました。
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なんと田中石材店は、江戸時代の文化8年(1811年)創業のものすごく歴史のある企業でした。
江戸川区には23つの石材店があるが、田中さん江戸川区の全仕事の四分の一のシェアを誇るのだそうです。
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当時石碑作りに関わった田中宏欣(ひろよし)社長に,当時の事をお聞きしました。
あとにも先にも、素人にノミを渡したのははじめてだったとか。写真の場所で丸木夫妻が筆を執りました。下書きもせず、その場で書き下ろしたそうです。それを20名ほどの関係者が見守っていました。
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なぜ田中石材店さんが石作りを頼まれたかというと、泉福寺(岡田住職)と、安楽寺(伊藤住職)真福寺(羽生住職)の3名が最初に、「追悼碑を作りたい」と立ち上がったメンバーで、その3つのお寺が皆田中石材店三のお得いさんだったからだそうです。
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その最初の立ち上げ3のうち、今回安楽寺と泉福寺を訪ねました。真福寺の羽生住職(弁護士兼住職)は既にお亡くなりになっているそうです。

安楽寺の伊藤住職にもお会いしたいなと思ったのですが、奥様と息子さんにはお会いできたのですが、お父様はご高齢でなかなか人前に出れない、文面であとで絵本の文章を確認します、ということで連絡先を頂いてきました。↓安楽寺
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泉福寺の岡田住職は4年前に夢に観音様が出てきて、「沖縄に行って,お寺を造ろう」ということで今沖縄にいらっしゃるそうです。那覇空港の近くの糸満市というところです。
親江会の玉城形衣子さんがおっしゃるには、「ガマの上に新しくお寺を建設した」そうです。
丸木夫妻が最後に描いた絵が沖縄の絵で、丸木さんのはじめて”鳥と母子”の絵を依頼した(?表現が違うかな?アイデアを与えた)岡田さんが今沖縄戦の慰霊をされているということなのでしょうか。不思議な縁を感じました。

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石について

四国の自然石である。現地の業者にたくさん写真を撮ってもらい,その中から最終的に二つをセレクトして江戸川区に持ってきてもらった。直接見てこっちがいいと思って選んだ。青石は柔らかい石で、プロでなくてもコツコツやればほれるから選んだ。水を流してあげたいというイメージを聞いていたので、水がかかった時の色を想定して,この石にした。

2ヶ月かけて朝9時から5時まで石材店の前で皆さんに集まってもらって彫った。最初は心配だったが,きれいにほれた。彫る場合中央から彫り始める。アウトラインから彫ると失敗する。その中には数十人の子どもたちも混ざっていた。(!これは絵本に使えるエピソード)

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石トレビア
実は切り取ったあとの石は、数年経ったあと↓


こちらの原爆瓦に使われた。だからすごくエコ。
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今もきれいな発色の石の中の絵だが、実は塗料は普通の油性ペンキ。ライン入れは田中宏欣さんが行った。
自然石なので色がしみ込んでしまうため はみ出るとアウト!なのでこれはプロがやらなければかっこつかない。
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ところで・・
岡田住職の息子さんがついた泉福寺でこんなものをみつけました。
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東日本震災の犠牲者の方のお地蔵さんです。
実際地震でこの釜が割れてしまったそうです。
優しい心遣いとても素敵でした。
ちなみに岡田さんの奥さんのご出身は福島なのだそうです。
泉福寺には、水子地蔵がありました。こんなところも母子像のエピソードに繋がるのかな・・
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と考えてしまったり・・
あの原爆の下,生きたくても生きれなかった多くのいのちがあったことでしょう。


ちなみに、銀林さんの今すんでいらっしゃるケアハウスに娘とともにお邪魔してきました。娘は本で読んだ”銀林少女”が目の前のおばあちゃんだという事を改めて知ってびっくりする娘。娘の今年の自由研究のテーマは、広島です。
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ところで今回の東京で村田さんのアークネス・アートギャラリーにも寄らせていただきました。
新作・グローバルマンに娘達も大喜び/
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そして・・広島での事簡単に・・
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①ワパでのもう一つの絵本(ガザとイスラエルのことをかいたもの)の発案者
妙法寺の石橋行受住職とお会いしました。
こちらのプロジェクトも進めなければ
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②被爆者 坪井さんとの出会い

西宮市在住の被爆者壺井進さんと一緒の旅でした。
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壺井さんは、ピースボートで世界を回り、その体験を昨日総理に伝えたそうです。
壺井さんはオーストラリアのウラン鉱山では多くの労働者がヒバクしている。ウラン鉱山からとれるウランの3分の一は日本に輸出されている。日本は原発から脱しなければならない」と力強く言っていました。坪井さんのご実家は、平和公園の中にあり、お母様は8/7坪井さんが家の前に戻ってきたときに、井戸に顔を突っ込んでなくなられていたそうです。
そして、坪井さんがまとめられた「広島平和禁煙公園内記念碑等案内ルート」を読んでふと気がつきました。
全て仲間達と坪井さんが調べたものをまとめたそうです。
こういうことか!
と個人的には思いました。
大事な仕事です。

被爆者の方の平均年齢が77歳。そして原爆がおちて66年。

なんとか絵本を仕上げたいです。


ちなみに・・・平和記念資料館の地下にある図書館で、原爆に関する絵本たくさん読んできました。
その中で竹やぶが主人公の「ピカドンたけやぶ」
という絵本がありました

http://www.ehonnavi.net/ehon/34396/ピカドンたけやぶ/

この追悼碑の本も、石を主役にして「私は石じゃ」系の石の個人的なつぶやきから始まってもいいのかもな..と思いました。
(むかし滝沢さんがそういってましたよね。)

増山は子どもの未来社奥川さんからのアドバイス【あるシリーズの本を作ろうと思ったら同じ系統の本を1500冊読め!】を守ろうと思い、
戦争絵本読みまくろうと思っているので、おすすめの本あればおしえてください。





今後出来たら沖縄にいらっしゃる岡田住職とお会いして、追悼碑をなぜ作ろうと思ったのか、どんなものにしたかったのか、なぜ丸木夫妻に母子像を描いてほしかったのか、3枚の絵はいまどうなっているのか、アメリカのデモ、とは?などを聞いてきたいと思っています。
一応村田代表の許可、志水さんの許可は得たのですが、了承していただけないでしょうか?

また、いつか沖縄のお寺でwapa展が出来たらうれしいなと考えています。
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by renaart | 2011-08-10 02:01

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